この一連の事件については、テロではないかという論調が多く見られましたが、情報が不足していてはっきりしない部分が多すぎることからコメントを控えていました。

 しかし、本件がいわゆるテロであるかどうかにかかわらず、様々な立場の人に、テロ的犯行なのではないか、と考えられること自体が由々しき事態と言うべきで

 前宮城県知事の浅野史郎・慶応大教授が

「霞が関全体に『明日は我が身』というおびえや不安が広がった。中央官庁の仕事に携わる人たちを萎縮(いしゅく)させ、その意味では国家的な危機だ」と事件の影響を深刻に受け止めた。

というのは重大な指摘です。

 ここで、テロ的と言ったのは、政治的背景の有無・濃淡にかかわらず、自分に都合の悪いことを言ったりしたりする人間を殺害しようとする考え方のことです。
 本件をこのような考え方に基づく犯行であると見てしまいますと、霞ヶ関にとどまらない社会全体の危機になります。
 未だ検挙されない犯人の真意如何にかかわらず、テロ的な動機の犯行かも知れないと感じられることが問題です。

 そういう意味で、この事件こそは、一刻も早く犯人が検挙されてその動機が解明される必要がある事件であると思われます。

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コメント(8)

年金問題が世間で騒ぎになった2年ほど前から、ワイドショー型ジャーナリズムは、公的年金の制度上の問題点の分析と是正策提言という政策論議ではなく、厚労省&社保庁職員バッシングに比重を掛けて報道していると感じます。

また情けないことに自民党総裁にして内閣総理大臣という、政治と行政の頂点の立場に就いた安倍氏ですら、「社保庁を解体し、職員を公務員から民間人に入れ替えれば、年金問題は解決する」と言わんばかりの「社保庁解体・6分割案」を、2007年夏の参院選に向けての政府提案&自民党公約として唱え続けました。

政治とマスコミが同時に、厚労省&社保庁職員こそが年金問題の根源だとのキャンペーンを張ったとき、お茶の間世論はどの方向に向くのかということを、安倍のオボッチャマ総理や、ワイドショーコメンテーターのみ□も□□氏などは、深く考えていないのだろう。と言うか、自ら過去を省みて問題点を分析し、改善策を提案する手間暇を惜しんで、安易にスケープゴートを仕立て上げて責任転嫁しているだけじゃないのだろうか。

昨日、麻生総理が「医師不足は医師の責任」と発言したことも、政治や行政が担うべき責任を放棄して、責任の在りかを他者に転嫁する、オボッチャマ的な虚弱思考体質の現れだと思う。

世の中に問題点の本質を検討し改善策の議論と取り纏めるという、非常に手間と忍耐と気配りを要する作業を嫌い、目の前の微少な存在を叩く安易さに流れる、悪しき風潮が顕著になっていると思う。つい先日までの旧ブログでの医療問題バトルでも、手間と忍耐の議論を嫌い、安易なバッシングに流れる傾向に、強い憂慮の気持ちを抱いていた。

今回の襲撃事件がどのような目的動機の犯行なのか、現時点では未だ確定的なことは分かりませんが、安易な議論、安易な結論、目先の敵作り、という流れにならないよう気を付けたいと思います。

事案が事案だけに本省が注視されますが、直接有権者と接触する地方支分部局の窓口も、他人事でなく心中は複雑なのだろうと思います。
そういう意味では、本省に限らず、厚生労働省(中でも保険局・年金局・外局関係)の行政機能全体の問題と思います。一部で「執行の問題なのに、企画立案担当者を指弾しても筋違い」的なコメントも見受けられますけど。
ただでさえ、現場最前線の士気の低下と人材の流失は激しく、補充の募集にも応募が無く、採用できても全く定着して貰えず、行政の執行機能の維持が非常に危ぶまれる状況であったのに、、、。
外局を中心として厚生労働省全体に対する、一連の政治家中心に行われた言動を加味して鑑みると、執行機能維持の努力に止めを刺すことに繋がるかも知れず。そういう意味でも、一つの転換点の契機に成りかねないと。

もっと大きい意味では、昨今の世情や一部のネット上の投稿などを拝読するに、「気に入らないものには、実力行使すればよい。」的思想が蔓延するとすれば、立法・司法・行政等の公的組織に止まらず、日本国全体の問題とも思える訳で、20世紀前半に類する「非常に危うい世情・世相」を感じます。

> 法務業の末席(11/20-10:29分) 様

行政権の長が率先して、自分の下にある職員を「ゴミ」扱いし「排除しなければならない」と絶叫し、野党ならまだしも与党が率先して職員を叩く。
与党の賛成があって法案が法律になることを考えれば、現憲法化における政治体制に鑑みると、(狭義の意味での)内閣や立法組織の統治能力の無さを棚に上げてるだけの、在る意味異様な論調を続けてきた事の帰結でしょう。
日本人の気質の一側面(だろうと、個人的には認識している)として、「誰かが命を落とす(人身御供が用意される)までは、一度標的にすれば執拗に攻撃する。トップがハラキリすれば赦してやる。」という側面を、改めて認識させられる事案&爾後の成り行き&報道ぶりです。

一方、事案発生後の報道のありよう自体が、事案発生前の報道のありようの問題点を同じように内包している、と感じられなくもないです。。。

 オウム事件の裁判官サリンテロのときは、官民挙げて裁判官を防護したのに・・・orz

この事件をテロでないという人間は、テロのなんたるかをまったく理解していないのでは。

マスコミがテロの片棒を担いでいるというのは正しい私的だと思います。
「テロの経済学」のご一読を。

動機など、まだ分からない事ばかりですが、卑劣極まりない犯行です。
私としても年金改竄問題など「困った事してくれちゃったなあ」と(まだ自分は調べてませんが)憤るところはありますが、・・・。

暴力ではな~んにも解決はしない事です。

こういう事件では、犯人自身よりもマスコミやコメンテーターが勝手にどんどん意味を後付けしていく結果になりがちですね。
長崎市長射殺事件にしても、大元は言論封殺などではなく、犯人の手前勝手な金銭問題が原因だったし・・・。

 先ほど、次官を刺したと自称する者が警視庁に出頭した、とのニュース速報が流れました。さて・・・。

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