国籍法改正問題で炎上状態だった河野太郎衆議院議員のブログが、コメント受付を停止しました。

 これを見て、これまで同ブログに罵詈雑言を書き込んでいた投稿者はどう思ったのでしょうか?
 
 勝利感に浸っているのでしょうか?
 
 しかし、見ようによっては、これまで自分たちが書きたいことを書いていた場が一つなくなったわけです。
 匿名で好き放題のことを書けることをいいことに、好き放題書いた結果、書ける場所が一つ減ったのです。

 同ブログからのアクセスもありましたのでときどき覗いていましたが、

 同一IPからの数百件に及ぶ書き込み

などは、業務妨害罪を構成すると考えることができます。

 自由だ自由だと言って何を書いてもいいということが積み重なっていくと、密かに規制の動きが忍び寄ってくるかも知れません。

 そうすると、書く場所が一つ減る程度ではすまなくなります。

 自由を守るために最も重要なことは節度かも知れないな、と思った次第です。

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コメント(3)

モトケン先生の言葉を、日本のマスコミ関係者に心して聞いて頂きたいものです

マスコミが自由の名の下に人権侵害を続けていれば、国家権力の介入を国民が支持することになり、国民の知る権利が侵害される結果が続いて起きることになるでしょう

自由の裏の責任を自覚しないマスコミは、ジャーナリストとは言えません。

う~ん、コメント欄の閉鎖ですが。
残念ですね。
こうしたコメント殺到現象を「ネット言論の管理統制」に論点誘導されないことを祈ります。

 この問題って、見ていると支持者獲得競争みたいになって
いる気がします(理のある無しでの論争はなく、選挙みたい
に煽って自分サイドの見方になってくれれば勝ち、みたいな状態)。ですので、閉鎖になったらなったで『自分たちの「批判」に反論できなくなったから逃げた』と支持者獲得に利用するだけではないかと。
 私は法律には素人ですが、こういった話題の場合は『起こり得る事態を一つずつ冷静に検証し、それがどの程度現実に問題となりうるかを導き出して必要、不要を判断する』という態度が必要だと思ってます(となれば、問題は無くは無いけど起こり得る問題を考えても必要性が上回るから必要、という結論になる場合もある)。
 この問題に真面目に反対している人の多くは、完全を期せないから改正に反対という論点になっています(完全でない部分をより大きく見せようとするきらいはありますが)。これは一見理は通っているように見えます(但し、改正しないとより不完全だと言う点には気づかないか、あるいは意図的に論点から外していますが)。
 こういう人たちと冷静に話すにはどうするべきだろうって
ちょっと考えてしまっています。

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