サッカー少年バス転落死「予見できず」 コーチ無罪主張(asahi.com 2008年12月3日10時49分)
引地被告は今年1月に起訴されたが、その後、検察と弁護側が被告の「過失の有無」について公判前整理手続きで協議を重ねたため、事故の発生から初公判まで約1年かかったという。
この記事のニュースソースが誰で、どのような説明をして、こういう記事になったのかわかりませんが
私は、公判前整理手続というのは「『過失の有無』について協議を重ねる」ような場ではないと思っているのですが、私の誤解なのでしょうか?
ネットでアクセスしやすい情報としてウィキペディアを見てみますと
裁判員制度の導入をにらみ、刑事裁判の充実・迅速化を図るため、2005年(平成17年)11月の改正刑事訴訟法施行で導入された。裁判員制度では対象となる刑事裁判全てがこの手続に付される。裁判官、検察官、弁護人が初公判前に非公開で協議し、証拠や争点を絞り込んで審理計画を立てる。
とあります。
要するに、争点と証拠を整理する手続のはずです。
そこで、過失の有無を協議する、というのは理解できません。
過失の有無は、公判において審理されるべきものと思います。
1年近くも何をやってたんでしょう?
普通に審理をしてたらもう判決が出てたんじゃないでしょうか。
憶測エントリですので、的を完全にはずしているかも知れませんが。

考えられる線としては、
過失の「有無」ではなく、過失の「具体的内容」、
つまり検察が過失アリと主張する行為の態様がどんなものか、いかなる義務違反を主張するか
というようなことを、協議していたのでは。
取材記者は法律に詳しくなくて、そこのところをテキトーに端折って聞いてしまったのでは。
公判前整理を行った場合、そこで確定した争点や提出証拠を、公判段階になって変更追加することには大幅な制約がかかります。
特に過失犯事案においては、弁護側としては、公訴事実の過失の中身をできるだけ限定させなければなりません。主戦場は公判より、むしろ公判前整理ではないかという気がしております。
福島大野病院事件の公判前整理でも、検察は過失の内容をもっと明確にせよ、と弁護側が詰めて、期日が重ねられました。
これに対して、ネット上では、何をやっている、裁判引き延ばし策か、というような非難が出ていました。一般人からみれば、公判前に何のために延々と話し合っているのか、理解しがたかったようです。
大野病院事件のような事件では主張の整理に時間がかかるのはある程度理解できますが、
しかし、過失の内容ないし態様というのは、起訴の時点で検討されていなければならないはずです。
弁護人から釈明を求められたら直ちに釈明できる程度にきちんと構成されていないとおかしいはずです。
検察が十分検討しないで起訴したということなんでしょうか?
公判前整理手続にしていたのですか・・・・。
事故(事件)の報道の段階で「これはモメる」と思っていたので、公判前整理手続にしていたとは意外です。
さっさと、普通の審理に移すべきだったでしょう。
事件の内容から推測すると、検察側が公判前整理手続にこだわったのではないか?と邪推します。
> 弁護人から釈明を求められたら直ちに釈明できる程度にきちんと構成されていないとおかしいはずです。
> 検察が十分検討しないで起訴したということなんでしょうか? (No.2 モトケンさま)
弁護側がどこまで厳密な内容を求めたかにもよりますが、
公判前整理は今年の1月から今までで、おそらく10回程度の期日があったでしょうから、
確かにモトケンさまご指摘のように、この種の事件にしては、時間かけ過ぎの印象があります。
検察は、「否認されていて、証人を呼ぶ事件だから、立証計画を厳密に立てよう」くらいの軽い(?)キモチで公判前整理に回しただけで、
肝心の、主張立証の詰めが甘かったのではないかと疑われます。
> 普通に審理をしてたらもう判決が出てたんじゃないでしょうか
もし、検察側が準備不足のままに、いきなり公判を始めていたならば、最初の罪状認否の段階から躓いて、求釈明の嵐になること必至であり、
結局、公判に1年以上かかっただろうと思います。
公判前整理手続きにより、早くに手抜かりが判明してカバーできたのは、検察にとってラッキーだったのでは。
憶測コメントですので、的を完全にはずしているかも知れませんが。
ドライバーの責任とされたのは、ドアロックの機能をドライバー側に切り替えること、普通の乗用車のチャイルドロックに相当する機能を怠ったことです。
この操作をしなかったから、死亡した児童がドアを開けてしまい(これは厳密には推測)カーブで転落した、というものでした。
因果関係としては、かなり無理があるように思うのです。
ググっていると、次のようなことを書いた昨年12月のブログがありました。
http://bouron.blog.ocn.ne.jp/touma/2007/12/post_a353.html
自動モードで走行することで、このバスは作られていたのであろうから、ドアが不注意に開くことに対する対策はバスの設計の上では、それほど注意が払われていなかった可能性もあると思う。
例えば、このバスのドアは、電気式のようなもので、運転席から開閉する。従い、走行中は、それを検知してロックされている。一方、電気式のようなドアであれば、ボタンのようなものに、誤って触れても、それで開いてしまう。この辺りは、勝手な想像です。しかし、手動モードであれ、子供が誤って触れただけで、開いてしまうドアの構造は、問題があるような気がします。
自動車運転過失致死罪になるのか、色々問題があると思いました。子供の親としては、やるせない気持ちになると思います。しかし、バスの安全設計の観点での問題はなかったか、検証されたのだろうかと思いました。
>一方、電気式のようなドアであれば、ボタンのようなものに、誤って触れても、それで開いてしまう。この辺りは、勝手な想像です。しかし、手動モードであれ、子供が誤って触れただけで、開いてしまうドアの構造は、問題があるような気がします。
違います。
別に間違えて操作すると開いてしまうものではありません。
ドアハンドルを引くと、電動で開きます。
これは、ミニバンなどに広く採用されているものです。
つまり、ミニバンでも同じ事は起きます。
そこで「ドアハンドルを引いても開かないように、運転席だけで操作できるようにするべきだ」というのが警察・検察の主張です。
平たく言えば「チャイルドロックしなかったことが罪」というものです。
しかも、この車の「運転席だけでドア開閉が出来るように切り替える機構」スライドドアーの付近に設置されている、大型のレバーによります。
チャイルドロックのような小さいものではありません。
どうも、この事件で責任ありとされているのが「バスだから、ドライバーの注意義務が高い」と言うことなのだと思います。
ところが、問題の車は自家用車ですからバスとして扱えるのか?となります。
けっこう、根っこのところで争いになっても仕方ないと思うので、さっさと裁判で互いの主張を争うべきだと当初から思っていました。
酔うぞ サン レスをありがとうございます。
ドアを手動モードにしている場合は、ドアハンドルを引くと、電動で開く構造なのですね。ミニバンに乗ったことがないので、知らないのですが、(在来型のミニバスやミニバンに乗ったことはありますが)ドアノブに触れただけで開くならチャイルドロックを前提とする必要がある。例えば、運転席で自動モードに切り替える等してチャイルドロックが作動していない場合は、ワーニングランプが常に点灯し、走り出すとアラームが鳴って警報音を出すような仕組みが組み込まれているべきと思います。
警報を無視して、走行したのであれば、刑事罰も当然と思います。(例え、レンタカーであれ)
一方、本件について 酔うぞ サンの想像通り「バスだから、ドライバーの注意義務が高い」との理由で起訴したのであれば、公判前整理手続きで解決すべき事項ではなく、速やかに裁判に入るべき事件と私も思います。