携帯電話:小中学校への持ち込み原則禁止を通知 文科省(毎日 2009年1月30日 19時43分)
学校における生徒たちの携帯電話の使用状況を具体的に知らないのですが、授業中にメールをしたり、サイトを見たりしているのでしょうか?
で、それを教師は制止できないということなのでしょうか?
なんとなく「臭いものには蓋」という対策のように感じられます。
保護者らに積極的に働きかけ、学校外でのルール作りを促すことも求めた。
保護者らによる実効的な働きかけが期待できるのであれば、学校を巡るいろいろな問題の大半は解決するのではないかと思うのですが、、、
取り上げてしまえば、その場は使えないのですが、「使えない」というので「使わない」というのは本質的に異なります。
生徒が身につけるべきは、持っているけど使うべきでないときには、自分の意思で使わないという自制力ではないかと思います。
持ってくるな、ということは、学校ではそういう自制力を教えない、という宣言のように聞こえます。

> 生徒が身につけるべきは、持っているけど使うべきでないときには、自分の意思で使わないという自制力ではないかと思います。
まったくその通りだと思いますが、
http://mainichi.jp/life/edu/news/20090129ddm002100064000c.html
こんな調子じゃあ、学校を責めるのも酷ですよ。
>> 生徒が身につけるべきは、持っているけど使うべきでないときには、自分の意思で使わないという自制力ではないかと思います。
>まったくその通りだと思いますが、
児童相談所担当となると「この親にしてこの子あり」を実感するそうです。学校への携帯品教育は、本来、親権者両親の責任のはずなんですが(汗
両親がサボると、「校内へ拳銃持ち込み禁止」が米国ハイスクール校則に堂々と掲載されるだけじゃなく、空港ゲートにあるような金属探知機をくぐって高校生が登校する傾向になります。
>生徒が身につけるべきは、持っているけど使うべきでないときには、自分の意思で使わないという自制力ではないかと思います。
偉そうに・・・そんなことは分かってるよ!
そこまで言うなら、具体的な対策出してみろよ。
学校を責めてるんじゃないんですよ。
私の批判の直接の対応は文科省です。
ご紹介の記事には、学校への携帯の持ち越しを禁止したでは解決しない問題が表れています。
根本的には、携帯の使い方であって、それを教えなければならない。
文科省がやるべきは、そういう教育現場の後方支援なのではないか、と思うわけです。
>本来、親権者両親の責任のはずなんですが(汗
これには同意。
学校・教師、地域、保護者が連携してあたらなければ解決しない問題の一つだと思います。
ただし、銃規制の問題は対比事例として適切でないと思います。
拳銃は、社会全体で規制が問題になりますが、携帯は社会人にとっては必須アイテムです。
>対策
授業中に携帯を使うことが問題だというのであれば、授業中の携帯使用を禁止すればいい。
そして、そのルールに反した場合にペナルティを課せば足りる。
携帯の使い方が問題だといのであれば、学校への持ち込みを禁止しただけではなんの問題解決にもならない。
有害サイトへのアクセスを禁止するという発想であるならば、生徒に携帯の所持を禁止するところまでいかないと徹底しない。
>偉そうに・・・そんなことは分かってるよ!
分かっている人を批判したんじゃないですよ。
ところであなた教師ですか?
部外者から何か言われるとあなたのような反応をする人がいるというのはどこの世界でも同じですね。
ところで
ふんいきがよめない
の意味ですか?
バイクの三無い運動とそっくりだな、と思いましたが、バイクどころではない問題がありますね。
大学になると、携帯メールがキチンと使えないと、大学生活自体ができません。
もちろん、先生(講座)によるのですが、最悪の場合、単位が取得できず退学という可能性があります。
携帯メールが出席そのものだったりする。
小中学校で持ち込み禁止にして、高校で卒業するまでに、携帯電話・携帯メールの達人にする。
ということになります。
そんな事はできないでしょう。
そもそも、なんで禁止しなければならないのか?
利益と損失を天秤に掛けた上での評価なのか?
わたしの理解では、ずっと前にたしか国会で子供の携帯電話について文科省に質問があったときに、文科省が「学校教育に無関係だから持ちこませない」という、評価をしないで持ち込み禁止にしたということありました。
今では「携帯電話がトラブルを起こすから」ということで「どうしよう」と出発した議論に、以前の「評価する以前に持ち込み禁止」をくっつけたのではないか?と感じています。
問題は、トラブルがあるが、それを(文科省が)評価していない、でありましょう。
>拳銃は、社会全体で規制が問題になりますが、携帯は社会人にとっては必須アイテムです。
比喩が不適切でお詫びします。m(_ _)m
ご指摘のとおり、子どもへ教育を施す義務は、学校(教育機関)、親、地域社会が多角的負担してしかるべきだと思います。私見ではマスコミにもだと思います。m(_ _)m
小学校の時、授業をまじめに聞いているのが当たり前という状況ではあったものの、小さな紙切れを回してくれという状況はありましたが。単に、それが、携帯という手段に形を変えただけなんじゃないでしょうか?
してはいけないことをしたら、規則違反なので、罰を与えるということは、学校教育の中でこそ必要なんでははいかと思いますが、体罰禁止、そして口頭での注意も仕方が悪いとなんだかんだと言われるような社会情勢では、手足を縛って教員になにかをすることを求めているように思います。
幼稚園、小学校では、明確な自我の確立の前に、社会生活を行うための最低限のものはしつけておくべきだと思うので社会性をこそ教育すべきだと思いますが、今、おかしくなっているようです。
私たちの少し上の世代で、「ナイフ禁止」ということがあったように聞いています。
昔の小学生は自分でナイフを使って鉛筆を削っていたけど、傷害事件や自傷事故があったので禁止になり、手回しの鉛筆削りを教室に置くようになった、とか。すると今度はナイフを正しく使うことが出来ない子どもが増え、それはそれで問題になった。
建前を言えば家庭で「正しい使い方」を教育すべきなのでしょう。こういう日常品の使い方やマナーに関する教育(や「性教育」など)は本来「親の責任」のように思います。しかし、モンスターだ、ヘリコプターだ、と(私の感覚からすれば)「変な」親が増えている現状では、学校や「国(文部科学省)」が口を出さざるを得ないのかも知れませんね。
余談ですが、テキサスで友人と一緒に射撃練習場に行ったことがあります。私は銃を撃たなかったのですが、お父さんが息子に銃の撃ち方やマナーを教えているのを目にしました。もちろん、私は規制が無い状態での銃の所持には反対ですが、銃はアメリカの文化である、銃が人を殺すのではなく人が人を殺すのだ、という銃規制反対派の主張もわからないことではないな、とは思いました。
アメリカ社会における銃と、日本の教育現場における携帯電話ではかなり違いますが、広まってしまったものを今から規制することの難しさ、と言う点では似たところがあるようにも思います。
>No.8 酔うぞ様
>大学になると、携帯メールがキチンと使えないと、大学生活自体ができません。
もちろん、先生(講座)によるのですが、最悪の場合、単位が取得できず退学という可能性があります。
>
そうなんですか。
確かに、生徒一人一人と緻密な講義ができそうですが、教師がそればかりに頼り過ぎないように願いたいと思います。
大学は、一度に教える人数が小・中・高より多いとは思いますが、対面での関係が充実している上での、携帯利用を望みたいです。(限界はありますし、それ故、携帯などのメールを利用しているとは思いますが)
>モトケン先生
>そして、そのルールに反した場合にペナルティを課せば足りる。
お考えのご趣旨は良くわかるのですが、そのペナルティなるものを生徒に課すということが、学校現場に於いて限界があり、収束がつかなく、かなり苦渋しており、その現場の悲鳴が文科省まで届くに至り、今回のような措置となっていったように思えるのです。
親・地域・学校ぐるみで、
>持っているけど使うべきでないときには、自分の意思で使わないという自制力ではないかと思います。
ということを、身につけさせることは非常に良き事かとは思いますが、本筋である「学問を学ばせる」という事をより充実させる為にも、携帯は取り除いても構わないように私は思っています。
学校教育というのは、偏差値教育だけでなく、別スレでも酔うぞ様が明示しておられたところも非常に大事だと思ってはいます。
(最近、我が母校も大学への予備校化してしまっているようで、非常に憂いてはいます。)
昨年末の時点で9割以上の小中学校が原則禁止になっているというわけですから、現状の追認に過ぎないのではないでしょうか。それでもなお指針を通知する必要があると言うことは、禁止しても効果が無いという実態を示している。じゃあ禁止の指針を示すことに意味はあるのかいな?
>じゃあ禁止の指針を示すことに意味はあるのかいな?
中央省庁のお役人発送だと、国会対策、マスコミ対策、教育現場管理職の支援対策(地方自治の管理者側は国のお墨付きを欲しがるのが現実)だと思います。あと携帯問題に経産省のくちばしを入れさせない積極的権限争いがあるかもしれません。
>確かに、生徒一人一人と緻密な講義ができそうですが、教師がそればかりに頼り過ぎないように願いたいと思います。
そんな生やさしい話じゃないのです。
電話は代返ができないわけです。
それを利用して、当日の授業のレポートを2日4時にまで100字以内で提出したら、出席とする。
といったシステムを使っているの先生が居るのです。
そしてこれはドンドン増えてますし、休講などの通知を事務方に回さない、つまり紙に掲示ないでメールで済ませるというのも多いのです。
だから携帯メールを使いこなせるというのは、かなり高度なレベルを要求する場合もあるし、その便利さは大学教育でどんどん増えています。
個人にPCを使わないでメールが使えるから、時間と場所の調整をしないで済むので、一つの県で4つぐらいので大学で教頭授業といったこともやっています。
大学 → 先生 → 学生、というイメージで見ること自体がすでに現実に合わないのです。
続きですが・・・。
さらに、学生にITスキルを要求するので、新入学生に集中講座でメール類の使い方をかなりキツイ日程で教えるのだそうです。そうしないと時間がない。
それに抵抗するのが、実は社会人経験者の学生だそうです。
言い訳としては「ネットワークなんて学校でも会社でも教わっていません」というのだそうですが、これではもう話にならないわけです。
つまりは、この授業(学科)に関しては、そういう「できない」を理由にするのなら、入学早々に転科とか退学になるわけです。
大学での授業に関する限り、ネットワークやメールができないと事実上の入学資格がないとも言える状況が間近に迫っているのです。
だから、今回の携帯電話禁止令の対象が「小中学校」であって、高校は除外されているのでしょう。
もちろん、統計上の事実は学年が進むほど携帯電話(メール)での問題(事件)は増えているのです。
だから、禁止した方が確実によいのなら高校こそ禁止なのですが、それじゃ現実には社会生活ができません。
高校を出たら、大学・専門学校などもすでに社会人と同等でしょう。
一体どこで、社会人教育として携帯電話(メール)の教育をするのか?
禁止すればよいという主張にはここらヘンの配慮が全く感じられないし、現実との無理矢理なすり合わせが「小中学校への持ち込み禁止」になったのだと思っています。
このまま行けば、高校で、イジメ防止、喫煙防止、過剰飲酒抑制、薬物乱用防止、ネットリテラシ&携帯防護…という自己防衛プログラムがテンコ盛りに必要でしょう。
こんな取り組みはあったりしますが、どんなものでしょうか。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0810/23/news046.html
http://www.ytv.co.jp/takajin/bbs/bbs_res.php?bbs=BBS4&thread=1099
にでてくるように「三分以内に返信しないとシカトしたといっていじめの対象になる」という様子では、授業中だけでも携帯をとりあげるのには緊急避難的な意味もあるでしょう。
結構大人も使いこなしていないのではないかと思ったりしますね。暇さえあれば携帯いじっている人もいますし。
だめだと禁止されているところで、あるいは使用するのに不適切な場所で携帯を使用しているのは小学生だけではないでしょう。
だめだこりゃ。
最近は、採用面接や問診中に平気で携帯の電話に出たりする大人が目につきます。もっとも国会議員も議場でメイルやゲームで携帯いじっているので。大人が模範を示さないと子供がルールを守らなくなります。
No.15・ No.16 酔うぞ様
さらに具体的なご教示ありがとうございました。
分かる気もしますが・・
ITスキルも今後はもっと大事になってくるのかもしれませんしね。
近い将来、ITスキルが無いと普通の生活さえできないような社会構造になるかもしれませんが・・・。
人同士が直接対面してのコミニュケーションは必要無い時代がやってくるんでしょうか・・・。
(なんかスレから遠く外れていく感覚になって来たので、これくらいにしときます。)
このまま行けば、高校で、イジメ防止、喫煙防止、過剰飲酒抑制、
薬物乱用防止、ネットリテラシ&携帯防護…
という自己防衛プログラムがテンコ盛りに必要でしょう。
中学校で結構真面目にこのレベルを取り組んでいますよ。
「このまま行くと必修になる」でしょうね。
ところで、逆に「三無い運動」は今や意味がないわけです。実際にやっていない。
むしろスクーターの無免許運転が大問題になっています。
要するに、時と共に問題も変化するわけです。
携帯電話問題で、授業中に携帯メールをして授業に集中しない、というのはこの2~3年で激減しています。
どんな学校でもほとんどありません。
高校では、授業中に教室を抜け出す生徒とどっちが多いか、ぐらいまで減っていると見ても良いようです。
この観察からは、携帯電話が授業の妨げになるから、持ち込み禁止論には賛成できません。
むしろ、プロフ問題や出会い系サイト問題の方が重大かとも思います。
つまり、携帯電話の使い方問題であって、学校に持ちこませないだけでは問題解決にきよしないし、むしろ問題への理解を妨げるかと思います。
朝日新聞の記事です。
「現場冷ややか「もうやってます」 文科省「携帯禁止令」」
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200901310155.html
携帯電話は、小中学校には持ってこない、高校では校内使用禁止――。
文部科学省が30日、こんな内容の「通知」を全国に出したが、
都内では冷ややかに受けとめられた。
すでにほとんどの公立学校で持ってこないよう指導しており、
都教委も昨年アピールを出している。
教育現場からは「禁止より、正しい使い方を教える方が現実的」
との声が上がっている。
「文科省に言われる前から取り組んでいる。国の通知によって、
特に何かが大きく変わることはない」
携帯電話を不要物として、校内への持ち込みを禁止してきた
町田市教委は、今回の通知を冷静に受け止める。
他の自治体教委も多くが、「原則持ち込み禁止にしてきた
これまでと変更はないので、混乱は起こりえない」(新宿区)、
「授業に関係ないものは持ってこないように指導している。
改めて喚起するだけ」(江東区)と、同様の受け止め方だ。
また、文科省の通知にある「例外」に触れた教委もあった。
港区教委は、「親の転勤などで、一時的に遠方から電車で通学する
場合もあり、絶対だめにするのは難しい」とし、
一部条件付きで容認することなどを検討して決める方針だ。
特別な事情のある生徒については各校で判断するよう求めてきた
八王子市教委も「やはり個別の配慮は必要だ。今後、詰めていきたい」
と話している。
都教委指導企画課は「昨夏から実態調査、アピール、通知、
と文科省より先に対策をうってきた」と話す。昨年10月に出した
「アピール」では、全公立学校の児童・生徒向けに
「必要のない携帯電話は持たないように」と呼びかけ、
保護者や教員に「携帯電話を学校に持ち込ませないように」と求めた。
都教委が児童・生徒約1万1千人を対象に実施した調査(08年7月)
によると、携帯電話を持っているのは小学生38%、中学生66%、
高校生96%。携帯電話やインターネットを利用し、
何らかのトラブルを経験した子は
小学生12%、中学生23%、高校生29%だった。
これら実態を踏まえ、今月上旬には、約6万人の全教員向けに、
指導資料を配布した。「教育の必要性も重視している」と胸をはる。
情報モラル教育の指導法について詳しい都立江東商業高校の
榎本竜二教諭は、児童・生徒向けの安全教育の教材を印刷物だけ
ではなく、携帯端末でアクセスできるページに作ることや、
携帯端末利用に特化した情報モラル教育の指導など、
具体的な対策の積み上げが必要だと指摘する。
「今求められているのは『禁止』でなく、安全な使い方を
確実に子どもたちに身につけさせることだ」