崎浜医師は公判で、調書を見せた事実そのものは認めたうえで無罪を主張。主な争点は、(1)精神鑑定の鑑定人が秘密漏示罪の条文にいう「医師」にあたるか(2)長男らの供述調書は、漏出が処罰対象となる「秘密」といえるか(3)同罪適用の例外となる「正当な理由」があったか――の3点に絞られていた。 (asahi.com)

 弁護側の主張が全て排斥された有罪判決のようです。
 判決自体は予想通りなのですが、被告人医師は

 06年夏、草薙さんから「調書を見せてほしい」と持ちかけられた時、返事をためらった。ただ、精神鑑定した少年は「殺人者ではない」と確信し、少年へのレッテルをはがすため、広汎性発達障害を社会に理解してもらいたいと考え、調書を見せたという。

 このように言っています。
 「社会に理解してもらたい」と考えていたわけですから、当然見せた資料を基にした書籍が出版されることを予定していたと思われます。
 であるならば、もっと出版作業に関与すべきではなかったかと思います。
 もちろん、秘密漏示罪になることには変わりはないのですが、医師は情報コントロールを全く放棄しているように見えます。
 調書の全文引用を阻止できなかったり、なにより、少年は「殺人者ではない」と確信し、そのことを知らせたいと思っていたにもかかわらず、出版された本の書名が「僕はパパを殺すことに決めた」ではシャレにもなりません。

 もっとも、これらの点は著者の草薙厚子氏や講談社の編集者に主たる問題があったと認められますが、それでもあえて医師側の問題を指摘しておきます。

 もう一点気になるのは、

社会的事件を扱った本の出版に関し、協力者が刑事責任を負うとの判断は、取材源秘匿のあり方とともに、国民の「知る権利」をめぐる議論に大きな波紋を投げかけそうだ。 (asahi.com)

のように、プライバシー保護より知る権利重視の感覚が窺われることです。
 
 マスコミ側としては当然のスタンスなのかも知れませんが、取材対象が刑事責任を問われたという事実が深刻に受け止められているのかどうか疑問なしとしません。


 最後に、草薙厚子氏について一言。

調書を自著に引用したフリージャーナリストの草薙厚子さん(44)は法廷に姿を見せなかった。

 とのことです。

 草薙厚子氏についてはとっくの昔ににあきれているのですが(草薙厚子氏の見解)、やはりここは自らの行為によって医師生命すら絶たれるかも知れない被告人医師に対する判決の言い渡しを、草薙厚子氏自身が直接見届けるべきではなかったかと思います。
 道義的責任及び人間としての誠意として。

関連エントリ
 草薙厚子氏の証人尋問


追記
 コメント欄で紹介された草薙厚子氏のコメント
 「言論、表現認めず不当」=調書漏えいで草薙厚子さん(4月15日17時33分配信 時事通信)

「少年のために尽力し、続発する少年事件を食い止めようとする良心的な医師が有罪となった前代未聞の結果だ。憲法に保障された国民の正当な言論、表現活動を認めない不当判決に強く抗議する」

 私のコメントは省略(後で書くかも)

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コメント(20)

表現の自由とか、あまり本質的な問題ではない感じがします。

刑事訴訟法第281条では、調書などを被告人や弁護士が公開することを禁止し、そのことに対して罰則を規定しているようですね。

調書を公開することに問題があるというならば、ちゃんと鑑定人に関しても罰則の条文を用意しておけばよかっただけの話であって、それがないために 「鑑定が医師の業務に当たるか」などという無理矢理な理由をつけて有罪とは、別件逮捕ならぬ別件有罪という感じで、違和感を持ちます。

「刑法第百三十四条 医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を 漏らしたときは、六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。」とのことですが、これがもし建築関係の事件で、建築家が鑑定人だったら、調書を公開しても有罪とする法的根拠がないということですよね。

判決が誤っているとまでは言えないのでしょうが、司法の不備を無理やり被告人に押し付けた、美しくない判決だと思いました。

「言論、表現認めず不当」=調書漏えいで草薙厚子さん
だそうです。
ま、安全地帯からは何とでも言えるのでしょうけれど、私はこの判決だけでなく彼女の態度にも釈然としません。

 以前にも書きましたが、たしかに本件の調書を「医師」として「業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密」と言っていいかどうかについては一抹の疑問があります。
 最高裁までいっても当然の事件と思います。
 被告人の意向次第ですが。

 私は現役の医者です。今回の判決について、意見を言わせて下さい。崎浜医師は、「供述調書漏えい・或いは閲覧を、何の目的で見たいのか・・」を、草薙厚子氏に問うべきだった。それが、日本で一般に販売される本になるのを解っていたのだろうか。草薙氏は、このセンセイショナルな内容で、世間の耳目をひくと思っているのだろうか。
 それと本の題名だ。「僕はパパを殺すことに決めた」・・。こんなミステリー小説まがいの題名で・・。亡くなった三人の家族にもひどいではないか。余りにも悲しい、事件性をことさら物々しく騒ぎ立てる、利己的な物書きの無責任さを感じる。一般の人びとの感受性、悲嘆感、絶望感をさらに抉り出す以外の何者でもない。この本が出ることで、この思春期の、さらに、アスペルガーという発達障害をもつ加害者のためになることであろうか。崎浜医師が、完全守秘義務の調書を、目的もわからない人間に見せることも、どうしても理解しがたい。「真実を知ってもらうことが、少年の更生になると、思っていた」とは余りにもプロの精神科医として浅はかで、患者にも愚かな態度と言えよう。医師の職務違反、単なる本の増版を希望する出版社と、書き手の傲岸不遜な(えせジャーナリズム)には、鉄拳採決が必要である。この少年の父親の訴えこそが、一番人間らしいと思う。
 いやしくもジャーナリストと言うのなら、人間としての感性、想像力、思いやりをもってのぞむこと。人間のセンス、モラルの向上が必要であろう。この医師も罰せられて当たり前で、本の著者も、出版社も、長男や父親に承諾書すらもらっていない。違法性は法的にも倫理上も同じである。これと同じことが再度起これば、医師も患者の信頼を著しく損なう。報道の自由、知る権利は、(それにより苦しむ人びとがいないかどうか)でも判断すべきではないか。

早速のお返事ありがとうございます。

>最高裁までいっても当然の事件と思います。

法律審になじむということですね。被告人は既に控訴の方針だそうですし、やる気は満々ではないでしょうか。「正しいことをやった」という主張はどうかと思いますが。

素人の意見ですが、有罪にしろ無罪にしろ最高裁まで行って、刑事訴訟法に関して補足意見がつくと良いのではないかと思いました。

まあ、医師が自分が関与した特定の人の医療情報を第3者に漏らすのは非常にまずいことなので刑罰をもって特に禁止しているのでしょう。相手がジャーナリストでも同じだと思われます。特定の個人が分からないようにして医療情報を流すことは、また別の問題だと思われますが、大々的に報道された事件では匿名化したって無意味ですからね。

どう解釈しても医師側に分がない気がします。

そもそも裁判での鑑定人となった場合や、法廷では公開されない裁判資料に触れる全ての者に対して、守秘義務と処罰を定めた適当な法令が無かったから、検察は刑法134条を持ち出さざるを得なかった。でその結果、その刑法134条の適用となると草薙氏を罪に問えず、半分唆された格好の医師だけが起訴された。

法規定に不備があった結果、より犯罪性を問われるべきと多数が指摘する著者を刑事訴追出来なかった。いわば「片手落ち」の裁判であることは、検察庁も半ば分かっているはずと思う。いわば法の公平性が問われている裁判だと思う。

であるならば、検察庁&法務省は何で無為に過ごしているのか?
早急に法の不備を塞ぐべく新規の立法案なり、現行法の改正案なりを立法府に提案し、法の公平性の実現を急ぐことも、また憲法によって国民より委託された職務の一つではないのか?

この鑑定医師の刑事責任を、最高裁まで争ってでも確定させるという刑法の番人としての職務の他に、検察庁&法務省はもっとやるべきことが在るはずと思う。

草薙厚子がお咎めなしで野放しになっている現状からして、気持ちとしては私も同感なのですが、その部分に踏み込むと直接的に“言論の自由”と衝突することになると思います。
草薙ずれの口にする「言論の自由」は、カンチガイも甚だしい妄言の類であり一顧だにする必要もない・・・と言うよりは完膚なきまでに論難し叩き伏せて然るべきものでありますが、このバカ女のしでかした不始末をとっかかりに、出版側・著者側の刑責をじかに問うような法整備を、と言う話にしてしまうと、今度はそれこそ本来の「言論の自由」への脅威になってしまうのではないでしょうか。

追記部分の記事を拝見するまでは、草薙氏はもうどうでもよかったです。(本音としては、何とか罰することはできないものか、という苛立ちはありますが、無理みたいですし)
でもあの記事を見て「お前が言うな!」という気持ちがありましたし、彼女の言葉があまりにも軽く感じられました。

著者氏のコメントにある「憲法に保障された国民の正当な言論、表現活動」と言う点について、何をもって「正当」というのかという点について考えさせられます。憲法第21条は十分すぎるほどに尊重されて然ると思いますが、一方で憲法中に第12条の規定が存在すると言うことも、同じく考慮されて然る必要があると思うのですが。と著者氏宛にお尋ねしてみたい。

うみゅう、最近私は「権利の相対性」という事に拘りすぎなのかしら?権利(自由)は、それ自身生まれ出でたときから、自然に一定の制約を内包すると思うのだけど。と、あれこれ考えてみるのだけど、「著者氏である貴方がそういう態度・言い回しでは、被告人となってしまった先生のお立場は無いでしょう。茶者としての当事者性は何処に。。。」という感情がわき出てくる衝動は捨てがたい。

> No.10 thx-1138 への訂正レス。

最後尾から2行目中「茶者としての当事者性」とあるのは、「著者としての当事者性」と入力したかったのですが、タイプミスしたようです。

故意に「茶者」と書きたかった訳ではありませんので、念のため。

>出版側・著者側の刑責をじかに問うような法整備を

イエイエ、私が提案したのは「裁判所から鑑定を依頼された医師だから」ではなく、「裁判所から鑑定を依頼された全ての者」に守秘義務と罰則の法整備をすべしとの立場です。これに教唆犯の規定を加えておけば、今回のような実質的首謀者が野放しということにはならないだろう、という思いからです。

著作の出版や言論に制限を加えようという意図ではなく、現行の職業(医師や弁護士など)によって異なる守秘義務と刑罰を、職業に関係なしに改正すべしということです。No.1の 峰村健司 さんの考え方にもう一つ教唆犯の罰則規定も加えようというものです。

刑法134条の教唆ってのは犯罪にはならないのでしょうか。

元外科医様
>刑法134条の教唆ってのは犯罪にはならないのでしょうか。

私は刑法134条の改正ではなく、別途「裁判に関与する者の守秘義務に関する法律(仮称)」を新規立法する前提で書いておりました。

今回の調書漏洩は鑑定の依頼を受けた者が漏らした訳ですが、実際の裁判では裁判官・検事・弁護人の三者以外にも、結構多くの人間が関与します。例えば裁判員法での対応などで導入されるであろう、法廷で使う再現ビデオの作成を請け負う業者とか、裁判員や犯罪被害者の参加の他にも、今後は裁判を通じて非公開情報に接する機会を得る者が増えると思います。現行は裁判員法なりそれぞれの個別の法律で守秘義務や罰則を規定していますが、包括的にまとめた一つの法律を作成した方が、漏れ落ちや抜け穴が無くなって良いだろうという主旨です。

なお、刑法134条も刑法に定められた一罪ですので、共犯や従犯、教唆について定めた刑法60条~65条のカバーする範囲内です。ただ、何故今回の漏洩事件で草薙氏に共犯や教唆犯としての刑事訴追がなされなかったのかは、私の知識では解説不能です。いや解説不能と言うより何故起訴されないのか、この鑑定医だけが起訴されたときに多くの専門家が説明していましたが、その説明のどれも私には心底納得することも、また十分に理解することも出来ません。

ただ、法律の限界が在るのであれば、将来の再発に備えて所用の法改正や新規立法などの提案を、一体誰がやるべきなのか、あるいは国会に提案できる者は誰なのか、そこを私は問うているつもりです。提案する法案の中身や詳細については、この場では踏み込んで論じるつもりはありません。ネット議論では「知る権利」だの「言論や報道の自由」だの、国家と人権についてのテーマに拡大して収拾不能に陥りそうですので、遠慮しておきます。

ただ、法律の限界が在るのであれば、将来の再発に備えて所用の法改正や新規立法などの提案を、一体誰がやるべきなのか、あるいは国会に提案できる者は誰なのか、そこを私は問うているつもりです。

考え方の問題になってくると思います。


自由と民主主義を尊ぶ人であれば、それは政治家であり、国民が行うべきだと言う発想になってくるでしょうし、お上意識、官僚に対する依存心が強い方であれば、政治家や国民が何も言わずとも、各省庁が率先して、法改正をリードするべきだという発想になってくると思います。


簡単に言えば「行政に水戸黄門の役割を期待する」かどうかという事ですね。理想論としては、行政は国民の決めたことをするべきで、法改正や立法に関しては国民が主導するべきだとは思います。

秘密漏示罪(刑法第134条)は、親告罪(刑法第135条)にあたりますから、親族から提出された告訴状に書かれた被告訴人や告訴の主旨が当該医師個人に対するものであったとすれば、教唆の罪の疑いを理由にしては捜査機関は動けないのではないでしょうか。

今回、教唆の罪に関してではなく、「身分無き共犯(刑法第65条)の疑い」として著者氏周辺に捜査が為されたのは、その辺りの事情があったのではないか?と素人なりに思いますが、どうなんでしょう。

告訴した親族からすれば、著者の関与の程度は告訴時点でどこまで把握できたのかわかりませんし、とにかく流出元を訴えたいという事であったのではないかと思ったりするので、(私の想像が実情に一致するなら)個人的には納得できます。

 刑事訴訟法に「告訴不可分の原則」というのがあります。

>考え方の問題になってくると思います。

あ~、私は昨年草薙氏の刑事訴追が出来なかった時点での、何故だ?理解できないとの大合唱現象こそ、法制度不備に対する「国民の声」だと思っています。すなわち既に「国民の声」は挙げられており、法案提出権を持つ2つの集団である内閣(行政府)と国会議員が、その声をどのように評価しているのかではないでしょうか。

なぜ共犯として罪に問えないのかという声が在るのは事実でしょう。しかし法案提出権を持つ内閣と国会議員には、次に同じような事件が起きたときに共犯や教唆犯として処罰できるよう法整備すべしとの声は、ごく一部の少数意見であって、法改正や立法を検討するレベルの多数に達していないとの認識なんだと思わざるを得ません。

>法改正や立法に関しては国民が・・・
私は既に国民が声を挙げたとの前提とスタンスで、一連の投稿をしています。

>行政は国民の決めたことをするべき・・・
現にその段階ではないのかと、私自身は感じております。

もちろん国民の知る権利や報道の自由は全体的に優先されるべきとのご意見をお出しになる方も居るでしょう。ですが現行の刑法134条において、一定の職務職業に就く者に対して守秘義務違反に対する罰則を設けることに異論が無いのであれば、その現行法規で規定されている職務職業の範囲を見直す改正が、言論の自由の原則を尊重して全くのゼロから検討しなければならないのでしょうか。

刑法第134条 (秘密漏示)  医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。 (第2項は省略)

上記の刑法134条に「裁判の鑑定人」という6文字を加える改正。あるいは「裁判の鑑定人ならびに非公開の裁判資料に関与する者についての法律」という特別法を新たに制定し、裁判所より委託された鑑定人や法廷で使うビデオやコンピューター資料の作成を請け負う者について、守秘義務と罰則を定めた法整備すること。こうした立法の検討についての議論が、言論の自由の原点から改めて議論しなければならないことだとは、私には思えないのですが。

> No.17 モトケン 先生

ご教授ありがとうございました。ご紹介の頁(とリンク先)を参照して参りました。読めば読むほど奥が深くて知的好奇心が沸いてきます。

読後においては非常にお恥ずかしい話なのですが、教唆の罪について「共犯ではなくて独立した一つの犯罪だと誤解(告訴の効力が及ぶ範囲について誤解)していた」のが、先刻の的外れな投稿の根本であったと思い至りました。m(__)m

#脱線しますが、最近特に今からでも大学を受験して基本的な六法をしっかり勉強したいな~と思いまふ。(10代で社会に出たから、ポリポリ。

親告罪だったのですね。(^^;) 
 マスコミでは言論の自由云々の論調が際だっていますが、小生から見ると鑑定が医師の業務でない(ボランテイアで報酬無し)とかでない限り、医師免許を使った業務と認識します。ですから134条に抵触するのは当然で、執行猶予つきの有罪は当然かと。

 言論の自由とか騒ぐ連中の言い分は納得できません。彼らは、患者or被鑑定人の権利よりも言論の自由を上位に起きたい訳なんですね。医師たちが反発するわけです。

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